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写本には時祷書もあれば歴史書もある。Cotton MS Tiberius B V/1に分類される11世紀中ごろの写本には時間の計測、天文学、地理などに関する論文集が入っている。難解な図表に混じって黄道十二星座やその他の星座が大らかな彩飾画で掲載されている。どの星座にもそれを構成する星の位置が朱で記され。
ルネサンスを経て欧州では古代ギリシア、ローマが再評価され、18世紀にはローマ遺跡が注目される。1830年、優れた建築家で画家であるシンケルがポツダムのサンスーシ公園にローマ風浴場を建てた。時は19世紀のロマン主義。君主らは競って人工の古代の廃墟を庭園に造らせた。ローマ様式が特に好まれた。
ペテルブルグは川と運河で編まれている。島も多く、どこに行くにも橋を渡らなければ辿り着けない。メトロも運河の下、地中深く走っている。帝政時代には浮き橋もあった。エッフェル塔の建設者が設計した橋もある。宮殿の庭園内にも小川があれば橋がある。崩落後に美人のスフィンクス像に飾られた橋。
モスクワのメトロの駅。ブロンズの等身大の彫像群がソ連の人民を力強く表現している駅。金属の列柱の走るマヤコフスキー駅にはライトに照らされたソ連で人気の34の絵柄のモザイクがある。爆弾テロのあったパルク・クルトゥール駅は修復後、チェスや模型飛行機で遊ぶソ連の少年たちの浮彫などが蘇った。
スラヴ神話の水の精霊ルサールカは英語ではよく「人魚」と訳されるが、それらは似て非なるもの。ルサールカは美しい娘の姿で、湖や川で月夜に歌や踊りで若者を魅了。ギリシャ神話のセイレーンの如く。人魚は海に棲み上半身が人間、下半身は魚。人魚の姿で歌声と美で船頭を誘惑するローレライもいる。
ロシア帝政期にはイサク聖堂の建つ広場にはドイツ大使館があった。現在は会社になっているが壁や天井、階段はウィーン世紀末風で恐らく当時のまま。第一次世界大戦が勃発し対独戦が宣言されるとペテルブルグ市民は大使館に乱入、家具や絵を窓から投げた。屋根の上のドイツ風の四頭馬車像も今はない 。
一見して誰の絵だろうと思う大画家の絵。多くの画家が時代と共に実験的にスタイルを変えているからだ。ピカソの絵のようなキュービズム風の絵はダリの作品だ。黒い四角形で有名なマレーヴィチは象徴派的な絵を描いた。ピカソも新印象派的な点描画を描いている。シャガールのキュービズムの絵も面白い。