1569年
正親町天皇『副将軍あげる(はぁと』
織田信長「家格に合わないしいらない」
1575年
『右大将あげる』
「ちょっと待てそれ頼朝公の」
1576年
『内大臣あげる』
「いやいや義昭越えとるやん」
1577年
『このいやしんぼめ、なら右大臣だ』
「誰が欲しがりさんや!」

1578年
「全部辞める」
『』

0 4

天正三年(1575年)
正親町天皇『はいノッブ、右大将あげる(はあと』
織田信長「いやあの、これ…」

『義昭の帰洛交渉失敗したんやろ』
「でも、あの人将軍辞めてない…」

『義稙とかクビにしてるしへーきへーき』
「そんな、困ります」

1 1

問・なんで将軍様より地方長官の方を偉くしたんですか

答・正親町天皇『だって義輝、あんまり京都に居ないし居てもリスペクトも金も出さないし、ほっとくと土地横領までするからな

その点、大内や毛利は献金頼んだら出してくれる
覚えが良くなるのも致し方あるまいよ』

0 5

近衛前久「まあ、そんな時の権力者達に“お前は前政権を超越した”という認定証=官職を出すのは我々なんだがの」
正親町天皇『なんせこっちは千年、権威の象徴と認定機関やってるからな
源氏や室町とは年季が違うぞ』

1 3

今月末からの『KEIJI』では…

【正親町天皇】をやらせていただきますー!!!

つまり、この写真の右の人😆

再びやらせてもらう天皇、張り切るぜ〜🔥

https://t.co/r3lQZB5ngB


6 9

大河太平記3話「風雲児」高氏後醍醐帝を偶々拝す
京へ着いた高氏は日野公に会いに来た醍醐寺で偶然後醍醐天皇を御見かけす。片岡孝夫さんの主上最の高でした…🙏✨麒麟高氏はの正親町天皇も最の高✨🙏でしたね…この回で白拍子の藤夜叉と出会うのですが…
  

2 10

「…要するに、京都や朝廷内裏の保護責任者だから肩を持ってたんですね?」

二条晴良「帝と公卿に不自由させnあ痛!」
正親町天皇『(笑顔で見守るだけと見せかけて裏手ツッコミ)』

「…京の都に安寧を齎す者こそ時代の覇者ぞ
平治保元、承久建武と擾乱を重ねた結果、我らは其処に行き当たったのだ」 https://t.co/PqbS1mC34Z

0 4

「なんで足利義輝に無断で改元を?」
正親町天皇『三好長慶が
京都最強だったから』

「何故、織田信長に三職推任を?」
『信長が京都最強(略』

「何故、明智光秀の肩を持つような事を?」
『光秀が京都最強(略』

「なぜ、光秀を見限りました?」
『光秀が京都最強じゃなくなったから』

0 4

二条晴良「古今東西、“野球が上手そうな皇族”!
ブンブンブブブン!」
(ドンドン)
正親町天皇『磯野王!』

二条晴良「あー主上、それ最初に言っちゃったら臣下は続けませんよ」
正親町天皇『であるか』

0 1

正親町天皇『しかし、日ノ本の皇室は僥倖よな
幾ら威光が翳り、時には部下に反逆されても遠島配流で済む。
唐土の様に一家惨殺される事は無い』
二条晴良「殺害されたのは、崇峻帝と…安徳帝に淡路廃帝の御三方だけでしょうか
西晋の司馬鄴などを思うと、確かに平穏やも知れませぬな」

0 3

二条晴良「主上、世間では豊臣と徳川は簒奪者か否かで喧々諤々の様子ですが」

正親町天皇『…判っておらぬな、秀吉が織田信雄や足利義昭を、家康が秀頼を超越したと御墨付きが出したのはいつ、誰がなのかを』

二条晴良「…後者に前者を凌駕する官職を、主上が与えた刹那です」

5 10

正親町天皇『実は石山本願寺、信長との和睦や大坂退去勧告は突っ撥ね通しでな
その都度、朕が綸旨で仲介していたのだ。朕が口添えせねばあるいは、本当に宗派諸共滅亡しておったやもしれぬ』

顕如「…で、その仲介は本当に帝の御心のみでなされたのか」
正親町天皇『(視線逸らし)』

0 4


コロナ禍の中で、「麒麟がくる」が無事に最終回を迎えられたこと、お喜び申し上げます

玉三郎様の正親町天皇、一生忘れられないお役となりました
ご出演ありがとうございました!

50 527

「花を見 河を渡り 
己の行くべきところへ行く者を 
ただただ 見守るだけぞ」

正親町天皇を描きました

帝の眼は 十兵衛の向こうの麒麟をご覧あそばしていたと
信じたい


151 887

「何で見守るだけなんですか」

二条晴良「…どっちかの肩を持ったら、裏目を引いたら後で大変であろうが」
正親町天皇『朝廷の手のひら返しの歴史、知らんと見える』

0 2

今週末いよいよ本能寺の変、公家感が半端ない!正親町天皇、板東玉三郎!!面白かった、有り難う!。#麒麟がくる

3 2

眼病を患った帰蝶を診察した医師の「曲直瀬」とは当代随一の名医であった曲直瀬正盛(1507~1594)のことである。正親町天皇や松永久秀も診察したことでも知られる。ちなみに彼の通称は「道三」である。

6 10

今晩は日を跨ぐまえ を二作上げようと思っており、まずは先週分から。
月見をしながら十兵衛に思いを託す を描いています。「信長はどうか」。

5 43

「それは 朕のあずかり知らぬこと」

正親町天皇を描きました


298 1257