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説教に入ると叱り・叱られ三者のアップで淡々と説教だけすんの。「映画的な映像ができている」なら自動的に面白くなるワケはなく、本物の映画はみんな映画の映像だけど、ピンキリやないですか。映画的な映像づくりはそれでもまだ手段に過ぎず、それを用いて面白い映画づくりを志向しなければならない
アニメ版チェンソーマン、放映3回にして第2話・第3話連続で似たようなヒキにする構成がちょっと心もとない…
今週の三話だと「滅却師最終形態」と「滅却師完聖体」は違う!って力説してるんやけど、フキダシに文字なら個々の字のイメージのおかげでなんとなく違って感じるが、「クインシーフォルシュテンディッヒはクインシーレットシュティールとは別物です!」ってクチで言われたらもう笑いがこみあげてくる
漫画は漫画として最高のポテンシャルを発揮できればそれでいいんだから、映像化できる/できないを漫画の良し悪しにするのはおかしい。今やってるBLEACH、第二話にあったこの台詞はコマに収めるとこれで塩梅良いが、じっさい声優さんにこのとおり喋らせるとムチャクチャ間延びした
PC再起動すっから切り取ってそのままにしといたの掃き出すわ。旧アニメ版ラムはよくできてるが新アニメ版は普通の子に格落ちしたのが大問題…なんてヨタ話はない。ここまで4エピソード語尾に「ちゃ」をつけるくらいしか口調の個性がないラムだが、鬼力を封じられて落下したとき「いて~」つうのよね
ですよね…令和版は虎柄の敷物になってたからな…と思って旧アニメ版も一応チェックしてみたら、その時点で既に虎皮ではないふわっとした謎敷物になってた あまりよく見てはなかったな…
さっきの二枚目の机にZライトがないのはその直前にあたるが毟り取ってメガネらに投げつけたからです。3DCGプリヴィズ工程なしにこんなクッソ狭い部屋で延々ドタバタ芝居はとうていできへんわ…
阿座上くんが「転ぶ」シーン。目に光が灯るかのようなライティング演出はほうぼうで言われてるが、そのとき一瞬視線を若干落としてる。差し出された右手を見て取ると同時に転んでる
ファーストカットの三者比較。旧アニメ版は原作準拠。令和版は両手ともホールドして若干殺意が高い
今回も「旧アニメ版は原作どおりだが、令和版だけ改変している部分」はいくつもある。原作・旧アニメ版のあたるはマスクしたまま口が開いてラーメンをすする…じっさい気持ち悪い…が、令和版は「逆鼻マスク」状態にしてふつうに食う。とうぜん「気持ち悪い」って注目も浴びることはない。