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@dousetumiki 大友宗麟『名字が三つあって改名歴がwikiの凡例で4行くらいある人物の発言は認めない』
立花宗茂「誰と誰の倅のせいだと思ってるんですか」
#意外と知られていない戦国時代小ネタ
羽柴秀長が“秀長”だったのは晩年六年間、細川幽斎が“細川幽斎”だったのは晩年十年間だけ
秀長は人生の大半が“長秀”で、幽斎は織田信長に仕えて関ヶ原合戦が終わるくらいまで“長岡兵部大輔藤孝”だった
常山は上杉謙信贔屓だったようで、明らかな上杉の敗戦である八幡原の合戦(第四次川中島合戦)を武田勝利とする事まで批判し、山本勘助が参謀総長と前提・高坂弾正を“香坂”と書くのは誤りであるなど、的外れな指摘も数多くある
#常山紀談成立は1770年
朝倉景鏡『軍勢の大半は農村に紐付いた雑兵であり、彼らを失う事は軍事力だけでなく生産力や商業、治安維持にも支障がある
得る物少ない防衛戦が続き、更に負け続ければ戦国大名の軍事力を支える家臣達は破綻する
儂らは社員ではない、株主だ
儲からない株を抱えて代表取締役と心中する義理はない」
松永久秀『連日猛暑だな…こう、背筋が寒くなる様な話はないか』
長宗我部元親「八人みさき」
『青空文庫にもある、正統派の怪談だな』
山中鹿介「八つ墓村」
『フィクションじゃないか、騙された!』
金森長近「…82歳の時に実子が生まれた、養嗣子(48歳)が居るのに」
『「「怖ッ!!!」」』
@nobutoyo_tenkyu 朝倉景鏡「お金がないなら主家を売ればいいじゃない」
穴山梅雪「せやな」
小山田信茂「せやな」
武田勝頼「せやろか」
#ただし代償として500年過ぎても晴れない濡衣を被せられる諸刃の剣
@nobutoyo_tenkyu 穴山梅雪『H鹿野という一文字伏せ字にしただけで卑猥な響きに草』
春日虎綱「伏せ字にしなくても卑猥な貴殿が言うなし」
穴山梅雪『お前だって卑猥じゃねえか』
春日虎綱「それは冤罪だっつってるだろ!」
#このあと無事に香車に突っ込まれた模様
#意外と知られていない戦国時代小ネタ
徳川家康の三葉葵と水戸黄門の三葉葵は微妙に違う
家康の時代は葉脈が33筋で巧緻、芯が枠から別れ小首を傾げている
水戸黄門の印籠にある三葉葵は葉脈13筋で芯が枠と垂直に一体化している
この紋様は光圀没後、江戸後期のデザインである
@dousetumiki 細川忠興『詩歌…古今伝授のワンポイントリリーフが出来る
茶道…超一流処と同席できる腕前
兵法…新当流の達人、“一之太刀”伝授済
弓術…常に弓懸持ち歩き他者を指導
腕力…暴れ牛車を真正面から止められる
恋愛…正室一筋の一途
…京アニあたりに頼んだら良い話になりそうだな、我が親爺ながら』
#意外と知られていない戦国時代小ネタ
細川幽斎は料理の鉄人
毛利輝元の屋敷で鯛料理を所望され厨房に赴くも
“気に入った包丁がない”
と言いマイ包丁を取り出し、まな板に奉書紙を敷いて見事な包丁捌きで鯛を下ろす
調理後に奉書紙を確認すると、傷一つ無かったらしい