//=time() ?>
木簡ね、こういう感じで描いてしまいがちですよね
この絵みたいな木簡らしい木簡は用途としては荷札だし日本は冊書もないらしいですね…(竹簡もないしな)
多分そんな個人的なやりとりはすでに木簡ではしてなかったのでは??という気がするし。
この頃、物部朝臣になったり戻ったりと石上宅嗣の姓が迷走しまくってるのですが、You物部朝臣になっちゃいなYOって周りが言ってて本人そんなに乗り気じゃなかったんじゃね??みたいな説も見た気がする。(というぐらいなんでなのかわからない)
元正天皇による養老行幸が行なわれ、当耆郡の多度山の美泉がスンバラでしたというわけで醴泉は美泉であり美泉は大瑞!からの「養老」改元です。かなり演出が入ってたとはいえ、実際肌に合ったのでしょうね。
多度山の醴泉については諸説あるようですよ。
大津皇子の謀叛と死を受けて、伊勢斎宮だった姉の大来皇女が退下して帰京しました。
大来(大伯)&大津姉弟2ショはこの一枚だけなので毎年の再掲です…いつか草壁と大伯のガチバトルを描きたいと思って数年経った。