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床に埋め込まれたレールモニュメントは東京都港湾局専用線の一部と思われます。線路はこの辺りで分岐していて、元々あった深川線は豊洲石炭埠頭までを結び、もう一方は昭和37年(1957年)に晴海埠頭まで延長した晴海線でした。平成元年(1989年)の廃止まで臨港貨物の輸送を支えていました。
東京都港湾局専用線の晴海倉庫を一望した全盛期当時の様子です。当時の映像などを見ると舗装レールとなっているのは左3車線だったようです(ゆくゆく描き直します)。左の上屋倉庫がこの景色の中で最後まで残っていた建造物でしたが、間も無く取り壊されるようです。
晴海にあった東京都港湾局専用線の機関庫。事務所、休憩所と併設されていたようです(一番奥は資材倉庫っぽい)。2両まで格納と書きましたが、晴海の主力機関車は3機いたので、実は3機以上格納できていたかもしれません。機関庫と機関車は2005年前後に解体されました。
旧晴海鉄道橋は平成元年(1989)に廃線となった東京都港湾局専用線の唯一現存する建造物です。現在は東京都が保存に向け遊歩道化の工事を進めています。
旧晴海鉄道橋は昭和32年(1957)、臨港鉄道の一部として晴海運河を渡る箇所に架設されました。事業者は、晴海埠頭を管理する東京都港湾局、工事は日本国有鉄道東京工事局に委託され、石川島重工業(現在のIHI)が製作しました。鉄道用としては日本で最初のアーチ橋(ローゼ橋)として設計されました。
旧晴海鉄道橋の側径間はPC橋でも「プレキャスト・コンクリート」ではなく、予め緊張を加えておく「プレストレスト・コンクリート」が正解と思われます。本橋以前にプレストレストの前例はあったようですが(信楽高原鉄道の第一大戸川橋梁)、3連続径間は本橋が日本初だったようです。