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弓削皇子は母が天智天皇皇女の大江皇女、同母兄に長皇子がいます。万葉集の歌が天武皇子の中では最多で、あと『黄泉の王』のイメージが強かったのですが、最近は早くどっかで葛野王にメッされる弓削を描きたいな~~~とずっと思っております。
美濃といえば笠麻呂!ぐらいの刷り込み。ここから和銅三年に再任されて霊亀二年には尾張守を兼任し、養老四年までの十四年間美濃守をつとめた異例の長期の国守です。なんか美濃から動かしづらい何かがあったのでしょうか。
更に文人の首と並び称されたもう一人が壬申の乱最後に出てくる物部麻呂の孫って出来すぎか~~~
二人とも渡唐してない遣唐使だったところも出来すぎか~~~
(というとこまでが三船忌日におけるサビ)
七月(壬申の乱期間)の忌日の多いことよ…
というわけで大友皇子の曾孫に当たる淡海三船の忌日です。大友系譜三船まで全推し。
卒伝にはない情報が結構重要なんだけど、歴代天皇の漢風諡号の一括撰進をしたことで知られますね。
慶雲四年七月十七日
天皇即位於大極殿。(略)
天皇が大極殿で即位された。(第四十三代元明天皇)
割と急に即位したと思われるんだけどそれをこなせた阿閇皇女のポテンシャルにいつも感心している。