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神聖ローマ帝国内における外来有力諸侯4人(1470年代)
左からデンマーク王クリスチャン1世、ボヘミア王イジー・ポジェブラド、ブルゴーニュ公シャルル、ハンガリー王マーチャーシュ1世
中世の医療はこの時代にまつわる最大の謎と言ってもいいかもしれない
瀉血や武器軟膏、宝石の粉を振りかけるなど珍妙な治療方法があるにも関わらず、ブラッドモアによる治療例やタウトンの集団墓地からは、高度な医療技術があった事を伺わせる
ブラッドモアの技術もすごいが、右目にランスが刺さったフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ、首(恐らく喉)を斬られたシャルル公の治療に当たった外科医達も相当な腕前だったのではないかと思う
全部もうちょいで死ぬケガ
中世のゴミと汚物事情、人々が勝手に窓から捨てるというよりは、都市当局による回収・清掃サービスを利用して捨てていたと考えるのが自然かなと思う
勝手にうんこ捨ててたら排水溝詰まらせて罰金刑くらうことになるから
ブルゴーニュ騎兵は鎧の上に着用するものとしてブルゴーニュ十字を模したベルベット生地の襷が支給されたが、これは味方の識別をしやすくするためか、また統一感を出すためか
また騎兵に皆一様の記章を付ける例は他にもあったのだろうか
ブルゴーニュ公シャルルに付き従い、彼との関わりを記した回顧録で有名なミラノ公の大使ジャン・ピエール・パニガローラによると、シャルルは軍律に厳しく、遠征の際は必ず陣地内をくまなく視察し、戦闘となれば僅かな隊列の乱れも許さず、乱れを見つけるや騎馬で斬りかかったという