掌編小説（140字）＠単行本『ぼくと初音の夏休み』『ごめん。私、頑張れなかった。』発売さんのイラストまとめ

居心地良すぎる実家から、飛び出したいと考えた。留学先を決めた後、女子大帰りに役所に立ち寄る。旅券のために戸籍謄本を申請し、気がついた。私は養子だったんだ……。紙を破って帰宅する。「帰り遅いぞ」「ご飯あるわよ」。迎えてくれた両親は、随分老いた。飛び出す前に、返すものがたくさんある。

幼い頃から人見知りで、私は上手に笑えない。ずっと他人が怖かった。半年前、高校のクラスの男子に告白される。「自然体でいいと思うよ」。彼は言葉通りに誠実だった。昨日初めて、彼の家で結ばれる。恥ずかしいけど心の底から幸せだった。愛する人に全部を受け入れられた時、私は自然に笑えてたかな。

「優等生で美少女なのに笑顔がねえよな」。高校のクラスの仲間が僕に囁く。学級委員のあの子のことだ。「笑えばもっとモテるのになあ」。いやまあ、モテなくてもいいんじゃない？　あれが彼女らしさだし。実は誰にも言わず、半年前から交際してる。昨日の放課後、自宅で初めて裸で恥じらう笑みを見た。

「妻に別れてもらえない」。彼は何度かそう言った。２年間の内緒の恋は彼の病死で突然終わる。奥さんは多分気づいてた。子どもすらいないのに別れぬ理由、裏切りへの復讐だったと思うんだ。見舞いも葬儀も行けなかったけど、私は決して負けてない。彼にも伝えていなかった、お腹の子どもと生きていく。

夫が余命を宣告された。結婚10年。途中何度か別れ話を切り出された。死に際に夫が私の手を握る。「気づいてたよな？」。女のことだと知りながら、私は首を傾げてみせる。「俺は馬鹿だ。最期まで愛してくれたのお前だった」。瞼を閉じた夫に対し、心で呟く。籍抜かなかったのは愛じゃない。復讐なんだ。

２歳差の先輩と高１でつきあった。彼が都会に進学していき１年半。丸３年の交際記念の七夕に、私は田舎で夜空を見上げる。遠恋は覚悟していたはずだった。でも、自分は思った以上に脆かった。「曇りだから泣いてるの？」。事情を知らないクラスの男子にそっともたれる。織姫はもう彦星と再会できない。

高３の夏、二つ下の後輩とつきあい始めた。「距離ができても好きでいて」。彼女の笑顔が甦る。進学で上京し１年半。今夜は交際丸３年の七夕だ。彼女は同じ曇り空を見上げてるのかな。僕はもう願いを叶えられない。「彦星は織姫に会えないね」。ベッドから窓を眺め、何も知らない同じ学部の女子が囁く。

彼女と海へ一泊デート。泳いで食事し、風呂に入って夜を迎える。「照れてるの？　さっきお互い水着でいたのに」。常夜灯の明かりの下で、浴衣をはだけた彼女が微笑む。お前と同じ20歳の僕も初めてなんだ。男だって一番最初は照れ臭い。……なあ、「暗くしてね」と頼まれたけど、常夜灯まで消していい？

入籍し彼と新居に転居した。「凄い元彼いたんだな」。片付け中の彼が笑う。「割り箸袋に『傷害愛する』って殴り書き」。慌てて私は取り上げる。それでも大事な宝なの。「良かったな。結婚したのまともな俺で」。やっぱ忘れているんだね。５年前の交際直前、居酒屋で泥酔し、それ握らせたのあなただよ。