掌編小説(140字)@単行本『ぼくと初音の夏休み』『ごめん。私、頑張れなかった。』発売さんのプロフィール画像

掌編小説(140字)@単行本『ぼくと初音の夏休み』『ごめん。私、頑張れなかった。』発売さんのイラストまとめ


本業は別分野の物書きです。140字小説集『ごめん。私、頑張れなかった。』(リベラル社)、長編『ぼくと初音の夏休み』(扶桑社)、縦読み漫画(原案)『とある溺愛のカタチ~掌編小説アンソロジー~』(ブックリスタスタジオWebほか各種サイトで配信)。リンクは固定ツイートご参照。創作系のお仕事はDM下さい。
novelup.plus/my/profile

フォロー数:10528 フォロワー数:14500

「春よりきつい。何でかな?」。衣替えした冬服で、幼なじみが顔をしかめる。食いすぎだろ。「体重は増えてないのよ」。高2でまだ背が伸びたとか? 「変わんない」。じゃ気のせいだ、と俺は俯く。「ちょっと、よく見なさいよ」。……見られるかよ。実はハッキリ気づいてるんだ。胸のあたりの成長に。

26 217

「たまには逆に歩こうか」。高校帰りに彼が言う。やろうやろう、と私は笑った。うちはこの分岐点の左の先。彼の家は右側だ。彼が左に消えていく。迂回した道が再び交わる場所に、けれど彼は来なかった。もしうちの横の交差点で老女が転んでいなければ――。そんな世界線を想像し、また後悔の涙が流れる。

31 163

分岐点で立ち止まる。右に進めば踏切で、その先が僕の家。左に行くと交差点の反対側が彼女の家だ。迂回し道は再び交差する。たまには逆に歩こうか。高校帰り、僕は言った。彼女は笑って右に進む。僕らは二度と交わらなかった。踏切に転んだ幼児が存在しない――。そんな世界線を妄想し、後悔の涙が滲む。

31 197

裏道で不意打ちされた。隣の父が崩れ落ちる。中学生の私より5歳ほど上だろうか。父を刺し、女は笑って立ち去った。父が冷たくなっていく。母は私の出産直後に事故死した。父だけが育ててくれた。優しくて最高の父だった。あの女を許さない。復讐する。顔は頭に焼きついてる。なぜか父によく似ていた。

32 245

テレビのニュースに目が留まる。街なかで、男が刺されて死んだらしい。20年前、妊娠中の私を捨てた男だ。因果応報。恨み言を吐きながら、孤独な育児に耐えてきた。逃走中の犯人に感謝する。祝杯をあげようと、ただ一人の同志を待つ。「ただいま」。虚ろな笑みの愛娘が、血に濡れたナイフを握っている。

42 269

バージンロードを叔父と歩く。20年前、消防士だった父は死んだ。非番の日、家屋の火災を目撃し、放置できずに飛び込んだ。「兄貴らしいけど、娘に何も遺せず悪かった」と叔父が言う。ううん、パパは私の誇りだよ。それにちゃんと遺してくれた。あの日パパが助けた園児が、祭壇で私のことを待ち受ける。

43 279

「中に息子が……!」。焼け落ちそうな家屋の前で、母親が叫んでる。消防車はまだ来ない。俺にも同じ園児の娘がいる。水をかぶって炎の中に駆けながら、娘を思う。ごめんな、お前に何も遺せないかもしれない。でも見過ごせば、娘にも仕事にもきっと誇りが持てなくなる。非番だが、俺は命を救う消防士。

51 284

ずっと推してたアイドルが、卒業を発表した。「恋の歌を歌ってたけど、恋愛経験ゼロなんだ」。最後のライブが跳ねた夜、手を握られて、囁かれた。「いつしか君を気にしてた。教えてほしい。この感情が恋だよね?」。どうだろう、と僕は彼女の手を離す。推していたのは偶像だ。同じ地平の女子じゃない。

28 188

彼と喧嘩し帰宅後に「別れよう」とLINEが届く。ママが「今は別れ話もLINEなんだ」と苦笑した。ママもパパと同じ高校だったよね? 「揉めて半月音信不通もあったわね」。返信しかけた「私も嫌い」の文字を消す。いいな昭和は。多分2人が続いたの、瞬間の感情を離れた相手に伝えられなかったからだよ。

49 275

高3の担任に恋をした。何度も打ち明け「まだ子ども」といなされた。必ず戻ると約束し、大学で教職課程を履修する。卒業から4年弱。実習で私は母校に帰ってきた。「垢抜けたな」。七つ上の先生が笑っている。月日は見た目を変えるんです。そして心も。なぜこんなおじさんに、私は夢中だったのだろう。

35 246