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作家の彼が自嘲している。新刊の小説は「今度も泣ける」と売れてるらしい。学生時代に婚約し、「純文学で賞を取ろう」と筆を競った。「売れること」を嗤いあった。けれど今、筆を曲げての印税が、私の命をつないでいる。事故でもう5年も身動きできない。彼に純文学を書かせてあげて。死神に私は祈る。
また重版がかかったそうだ。余命わずかな女子高生を、真っすぐ愛する男子の話。振り込まれた印税額を、虚ろに眺め、学生時代を思い出す。婚約者とは「純文学で賞を取ろう」と励ましあった。だから僕は「売れる本」を書き続ける。治療費を稼ぐのだ。事故で5年も眠ったままの、彼女と再び競えるように。
いじめられてる同級生と出くわした。夏休み最終日のDIY店。「中学校に行きたくないの」と彼女は呟く。親が不仲で家に居場所がない俺は、上手に彼女を庇えない。勇気を奮い、明日さぼって海行くか、と言ってみる。頷く彼女に「それ何かの工作用?」と尋ねられた。首を吊るせる麻縄は、今日は買わない。
夏休みも今日で終わり。近所のDIY店で、同級生と偶然会った。彼だけは、なぜか私をいじめずに、たまに話をしてくれる。中学校に行きたくないの。私がこぼすと「じゃ、明日さぼって海でも行くか」と微笑まれる。「ところでそれ、夏休みの工作用?」。首を振り、手首を切れるカッターを、売り場に戻す。
医師の妻は上昇志向で気が強い。「私が課長を癒します」。部下にほだされ、半年前から関係している。最近、彼女が不安定だ。今夜、彼女のマンションで「子どもがほしい」と迫られた。拒んで終わりを告げた帰路、救急車とすれ違う。さっきなぜか部下は吐いていた。当直の妻も多忙かな、と思いを馳せる。
処置室の急患女性に息を飲む。夫の部下で不倫相手だ。半年前、当直予定が急に変わり、街で寄り添う姿を見た。転落事故で重体だ。黙って怒りを押し殺し、処置するふりして放置する。その時、私は気づいてしまう。自分は医師だと自分に告げて、メスをとる。せめて1人は助けよう。お腹の子には罪がない。
高校の同級生の彼女より、10センチ背が低い。いつもかがんでキスをされ、劣等感を刺激される。いいな、お前はデカくって。「私は可愛い小柄が良かったよ」。初めて気づき、自分を恥じる。彼女にも、背丈を巡るコンプレックスがあったんだ。下から抱えるように抱き締める。長身のお前だって十分可愛い。
身をかがめてキスをする。見上げる視線はいつものように悔しげだ。高校生だし、まだ伸びしろは絶対ある。「そっちだって同じじゃん」。いや、さすがに打ち止めだ。これ以上背が伸びたなら、色々服が着られない。「……いっぱい牛乳飲んで、追いつくよ」。10センチ下から私を見つめ、愛する彼が呟いた。
遊泳中、浅瀬の底に窪みが見えた。咄嗟にかばって前に出る。気づかぬ彼女はじゃれて僕の背に乗った。沈んだ直後の記憶はない。多分僕は死んだのだろう。また夏が巡ってきた。泣きながら彼女が海の中を歩いてくる。その先にはあの窪み。足首をぎゅっと握る。立ち止まれ。まだ愛してる。死んだら駄目だ。
遠浅の入り江で海をゆく。去年の夏、ここで彼は姿を消した。捜索は打ち切られ、死んだものだとされている。あの時、じゃれて彼の背に乗った。深く沈んで二度と浮かんでこなかった。誰にも言えない私の秘密だ。足首を掴まれた気配がする。恨んでるんだね。ずっと死に場を探していた。私は体の力を抜く。