掌編小説(140字)@単行本『ぼくと初音の夏休み』『ごめん。私、頑張れなかった。』発売さんのプロフィール画像

掌編小説(140字)@単行本『ぼくと初音の夏休み』『ごめん。私、頑張れなかった。』発売さんのイラストまとめ


本業は別分野の物書きです。140字小説集『ごめん。私、頑張れなかった。』(リベラル社)、長編『ぼくと初音の夏休み』(扶桑社)、縦読み漫画(原案)『とある溺愛のカタチ~掌編小説アンソロジー~』(ブックリスタスタジオWebほか各種サイトで配信)。リンクは固定ツイートご参照。創作系のお仕事はDM下さい。
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彼がまた、彼女のところに行っている。でもいいや、と私は思う。誘われて、流されたのは自分の方だ。独りぼっちが寂しくて、もう5年、ほとんど彼と暮らしてる。ほしいのはぬくもりだ。立場じゃない。帰宅して、「愛してる」と彼にベッドで囁かれる。私から離れられない弱い男は、妻と娘も手放せない。

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病室を見上げると、また彼女と目があった。名前は知らない。同じ10代後半だろう。気づくと恋に落ちていた。この数か月で顔に生気が戻っている。きっとそろそろ退院だ。告白し、2人でたくさんデートしたい。「残念ですが、週1の通いでは限界です」。僕は主治医に告げられる。先の見えない入院治療を。

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病室から名前も知らない彼が見える。この1年、つらい治療の希望だった。また私も自由に外を歩きたい。ある日を境に視線が交わり、そんな思いは恋慕に変わる。私は必死に頑張った。「奇跡です。高校に復帰できますよ」。主治医から笑顔で言われた。今日は彼が通る日だ。退院の荷物をまとめ、彼を待つ。

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「夫選びを間違えた」とママが泣く。パパと仲が悪いのだ。中2のある日、不思議な力を授かって、15年前にリープする。結婚直前、パパのライバルだった男性と、愛するママを結びつけた。これで私は生まれない。でもママを救えるならばそれでいい。今に戻る。なぜだろう。父親は違うのに、私は消えない。

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なぜ夫を選んでしまったのだろう。15年前、私はモテた。2人の男が私を取り合い、情熱的なのちの夫と入籍した。今や口をきくのも疎ましい。中2の娘を抱き締める。私によく似た愛するこの子が、唯一の支えだ。「でもさ、ママ」。潤んだ瞳で見つめられる。「もしやり直したら、ママは私に会えないよ?」

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アイドルの夢に破れて帰郷した。高卒以来5年ぶり。元カレが迎えてくれる。キスまでで、上京直前、別れを告げた。「お前の全てを受け入れる」。優しくベッドに倒された。幸せの涙で霞む視線の先に、DVDの背が見える。売れなくて、一作だけ出た大人の動画。そっか、全部は嘘なんだ。私の価値は体だね。

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元カノが帰郷した。5年前、高校卒業直前に、アイドルのオーディションで機会を掴み、上京した。少し売れ、その後テレビで見なくなる。やつれた彼女を優しく抱いた。「……あの時、私が振ったのに」。交際中、お前の全てを受け入れるって約束しただろ。今も同じだ。一本だけ、大人の動画に出た過去も。

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中学校のプールの授業で恥をかく。泳げるようになりたいと、水泳部の幼なじみに市民プールで教えてもらう。「バタ足は膝曲げない」「息継ぎは顔を全部上げちゃダメ」。コツに気づくが、さらに気づいたことがある。恥ずかしい。「もうやめる? ヘタレだなあ」。……お前、随分成長したな。胸もお尻も。

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「お前、水泳部だろ。教えてくれ」。14歳の幼なじみに頼まれる。授業で泳げず、恥ずかしい思いをしたそうだ。市営プールに私はつきそう。浮いて体を伸ばし、バタ足をしてごらん。そうそう。じゃ手を放すね。途端溺れてしがみつかれる。「……もうやめる」。何よヘタレめ。「こっちの方がずっと恥ずい」

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スタンドで息を飲む。彼が弾いた白球は、夏空に弧を描き、外野席の直前で捕球された。ゲームセット。吹奏楽部で3年間、同級生の野球部員を応援してきた。甲子園に連れてって――。他力に頼んだ告白待ちを、私は恥じる。今夜、私は勇気を奮って伝えよう。最後の夏、2人きりで、甲子園まで行きませんか。

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