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〈人間とは「世の中」であるとともにその世の中における「人」である〉
和辻哲郎が『倫理学』に記した言葉。和辻は人間存在を他者との関係においてある間柄的存在として捉えました。「人間の学」と規定した倫理学は、個人から出発する西洋近代思想に対する異議申立てでもありました
#一日一倫理
「良識はこの世で最も平等に配分されている」
デカルトが『方法序説』に記した言葉。物事を正しく認識し、真偽を判定する能力という意味で、デカルトは理性を良識(ボン・サンス)と呼びました。私たちは本性として等しく理性をもつ、それが近代の人間観です。
#一日一倫理
「人はみな有用の用を知るも、無用の用を知るなきなり」
『荘子』人間世篇にある言葉。万物が道にしたがって生成変化するのならば、そこに価値の違いなどないはずです。荘子は、善悪や美醜といった人為的な分別を斥けます。人間による有用・無用の判断に、道のもとで意味などないのです。
#一日一倫理
「わが上なる星の輝く空と わが内なる道徳法則」
批判哲学を展開したカントが、著書『実践理性批判』の結びに記した言葉。現象界は必然的な自然法則が支配していますが、英知界では、自由な主体である人格が、おのれの理性によって道徳法則を打ち立てるのです。
#一日一倫理
「世界史は自由の意識の進歩である」
ドイツ観念論を完成させたヘーゲルが『歴史哲学』に記した言葉。ヘーゲルは、理性的な絶対精神が自らの本質である自由を実現するために世界を動かす原動力となっていると考えました。その理性的な運動の論理が弁証法です。
#一日一倫理
「使命感とは、自分が生きていることに対する責任感であり、人生においてほかならぬ自分が果たすべき役割があるという自覚である」
ハンセン病患者の心のケアに努めた精神医学者・神谷美恵子が、著書『生きがいについて』に記した言葉。生きがいは精神的な充足によって得られるものです。
#一日一倫理
「人間は自由の刑に処せられている」
実存主義の思想家サルトルの言葉。人間は、自己の本質を自らの決断と行動により規定することのできる、自由な存在です。しかし、徹底的に自由であるということは、自らが選んだ行為に対して全ての責任を負わなければならないということでもあります。
#一日一倫理
「私は師プラトンを愛する。しかし、師にもまして真理を愛する」
アリストテレスの言葉。プラトンが現実の世界から離れて永遠不変の真の実在(イデア)を探究したのに対し、アリストテレスは現実の個物のうちにそのものの本質はあると考え、師匠の理想主義を超えていきました。#一日一倫理
「私には愛する二つのJがある。その一つはイエス(Jesus)であって、その他のものは日本(Japan)である」
近代日本を代表するキリスト者である内村鑑三の言葉。拝金主義に冒されたアメリカ社会に失望した内村は、道徳を重んじる日本こそキリスト教の精神が根づく国であると確信しました。
#一日一倫理
「自然は人間を苦痛と快楽という二つの主権者の支配の下に置いてきた」
功利主義の確立者ベンサムの言葉。快楽や幸福を増大させる行為は善、苦痛や不幸をもたらす行為は悪とみなす功利の原理の根幹には、生き物としての人間が快楽と苦痛に支配されているという自然的事実がありました。
#一日一倫理