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逃げ若武将名鑑【足利貞氏】 足利宗家7代目当主。足利尊氏・直義兄弟らの父親 父家時の突然の自害を受けて10歳前後で家督を継ぎ、北条家との友好路線を維持 隠居後に嫡男高義が夭折したため再び家政を15年に渡り取り仕切る 『門葉記』には「物狂所労」だったと記される #逃げ若 #逃げ上手の若君
似てるなァ~~~
二人の男の業と情がぶつかり合った作品が見たいおていさん、もう言葉の意味としては「抱き合え」と同義なんですよね…… #大河べらぼう https://t.co/DGySS6HDj7
@V4wFFTllNq57840 サンダー・ドラゴン…!(おまえは二つの口を持つ闇の支配者のコンパチ!!)
逃げ若武将名鑑【河村】 恐らく河村秀国・秀経のいずれか 1352年より新田義興らと共に足柄の河村城に立て籠り、足利軍の攻撃を2年間耐え続けたが落城。河村一族の多くは討死した 河村城は相模・甲斐・駿河三国の境界線が交差した要衝近くで、戦国時代は後北条家の居城となる #逃げ若 #逃げ上手の若君
ラッコ鍋 in 妖精会館 #羅小黒戦記
『だんドーン』会津最強の智将山川大蔵登場!!作中じゃ薩摩と長州のイカレっぷりに押されてるけど、この人も留学中にナメられたからって理由でエジプト人をボコったり、白虎隊の生き残りに「何で生き恥晒してんの?」とガン詰めしたり、実の弟にも同じ調子で「死ね」と宣う戦国武将のメンタリティです
いずれにせよ、彼は武蔵野合戦で武勇を示した後に主君の上杉憲顕と共に越後国に逃れます 憲顕が関東管領となった際に彼も政権復帰したと考えられ、景忠から越後守護代を譲り受けて越後長尾氏の祖となりました 長尾景虎こと上杉謙信は彼からの系譜です #逃げ若 #逃げ上手の若君
逃げ若では景忠が『太平記』における「長尾弾正」の役割を担っていますが、彼の官位は「左衛門尉」なので実際は別人です この時期「弾正台」の官位なのは長尾景恒なので彼と思われますが、長尾氏の系図が錯綜しており景忠とは兄弟、従兄弟あるいは親戚なのかハッキリしない #逃げ若 #逃げ上手の若君
逃げ若武将名鑑【長尾弾正】 『太平記』第31巻「笛吹峠軍の事」にその名を残す大力の剛の者 武蔵野合戦で祢津小次郎と共に足利尊氏陣営に潜入してあと一歩のところまで追い詰めたという その正体は長尾景忠の弟あるいは従兄弟の長尾景恒と思われる #逃げ若 #逃げ上手の若君