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承前)音楽家、各楽器にどんな役割を任せるか?は意外にいろんな考え方があったんだろうな…
当時はヴァイオリンとホルン兼任とか、オーボエとフルート兼任とかはよくあった。たぶん執事や祐筆なり筆耕なり他の使用人たちも、殿様しだいで兼務仕事になったり契約業務に専念できたり色々だったろうし
@konijnenhofje 承前)「ここに」はツイートに添えたリンクのことでした、言葉足らずでした💦
この頃のフランスのヴァイオリン音楽というと、あとはおそらくパリ音楽院の教授ダンクラなども多くの小品やエチュードを流布させていて、楽譜屋か劇場に通う愛好家たちにはそうしたものが想定されたかも…とも思いました。
承前)オウィディウスの『転身物語』だと、アポロンと競い負けたマルシュアスの悲運は神への恨みつらみを自作に織り込む機織りの名手アラクネや、自分の現世での子宝に驕ったニオべと同じ章で語られる。このあたり、オウィディウス自身が既存権威と折り合い悪かったらしい点を勘案しないとだろうな…続
ベルギーのザーフェンテムZaventemはブリュッセルの空港があるあたり。もともとオランダ語圏側に位置していながら、空港がある関係で仏語話者など非オランダ語話者がすごく多い場所だそう。
同地の聖マルティヌス教会に、ヴァン・ダイクの『聖マルティヌスの施し』(1621)があるのだね。
同じ頃ベルギーフラン紙幣がえらく立派に見えていたけれど、こちらも改めてよく見れば数字はわりとこんなだったんだな…
⬅️アンソル(画家)
➡️グレトリー(音楽家) https://t.co/uHUzQ93jYa
#古楽の楽しみ ルイ14世の死は欧州音楽にもかなり影響があり、とくにフランスで忖度ムードがなくなり公然と外国風の音楽が公表されるようになったのは大きい
ちなみに翌1716年にはドレスデンの殿様がヴェネツィアを訪れ臣下の音楽家たちがヴィヴァルディと接したり…これ、対仏外交対策もあったかもね
承前)貴族社会のことわりと全く違う方向をむいた、むきだしの人間性を理詰めで、かつドイツ語話者たちよ肌感覚ありきで追究してゆく魂を宿した人たちが、その感覚を全く意に介さないかのごとく人間の姿勢を貴族社会的にさりげなく矯正するフランス衣装(アビ)や飾鬘をまとって生きてたんだものな…
イリバレンは、スペイン南部アンダルシアにあってイタリア様式の名作をたくさん描いた作曲家…ここではペルゴレージの『悲しみの聖母』から細部の技法を借用した音楽が収録されているけれど、確かにこれはスペインの画家たちが伝統的な構図を使い続けたり細部描写を先人に倣ったりするのに似てるかも。 https://t.co/8EjW0JM4pi
アリ・シェフェール(オランダ語だとアリ・スヘフェルか)のお父さん、オランダ王の座にいたボナパルト家に仕えた画家だったんだよね
なんだか因縁だな…彼自身は若い頃ナポレオンのロシアからの撤退の陰惨さを絵にしたり👇後年ナポレオン3世に仕えるのを拒否したりと反ボナパルト的に生きた人だし https://t.co/kXWBuvDjN7
承前)ルイ=フィリップ、フランス議会前で宣誓するの図。
ドラクロワやシューベルトなどと同世代、リストやショパンの肖像でも知られるオランダ生まれのフランスの画家アリ・シェフェール(1795-1858)による油彩。パリ・カルナヴァレ歴史博物館所蔵